竜にまつわる故事成語(一)

第15回  竜にまつわる故事成語(一)

 5回にわたって馬にまつわる故事成語を調べてきました。まだまだ、この項で調べる成語はあるのですが、ひとまず馬から離れ、今回は竜にまつわる故事成語を調べて見たいと思います。何故、竜なのかと言えばですね、西遊記で三蔵法師が乗っている馬の正体が実は竜だからです。アホくさ、と思わないでください。私にとっては、ほとんど必然なのです。それに、坂本竜馬とか、将棋の飛車が成りこめば「竜」、角は「馬」になるなど(正確には「竜王」と「竜馬」)、この両者はけっこう関係が深い生き物なのです。
 本題に入る前に、西遊記における馬と竜の話をしておきます(これは、長くなるゾ!)。
 西遊記に馬は何頭出てくるかご存知ですか。
 まず、三蔵が乗っている、竜が変身した白馬がいます。しかし、最初からその馬に乗っていたわけではありません。出立の際、太宗(唐の第2代皇帝)からお供二人と共に馬一頭を賜っています。李卓吾先生批評西遊記(岩波文庫)では「馬」、西遊真詮(平凡社)では「白馬」となっています。岩波の方は後で白馬ということがわかりまが、いずれにせよ、竜が変身した馬が白馬なのは、観音菩薩によって、最初の馬とそっくりに変身させられたためです。この2頭の馬はすぐに浮かびます。このほかの馬を思いついた方には、西遊記「初段」を差し上げます。ヒントは「弼馬温」です。
 実は孫悟空、天界で二度、就職しています。その一回目が「弼馬温(ひつばおん)」という役職で、天界の馬の世話係でした。その話の中に馬の名前がゴチャマンと出てきます。有名なところでは「赤兎」がいます。三国志で呂布〜曹操〜関羽と乗り継がれた名馬です。
「おや、時代考証がおかしいのでは?」
と思われたあなた!
 す、す、鋭い!
 三国志は3世紀のお話です。それに対して、孫悟空が天界で厩番をしていたのがいつのことだったのか、正確なところは今後の研究を待たねばなりませんが、その後、お釈迦様との戦いに敗れ、五行山に封じ込められたのが、前漢の後、「新」のときなので、どう言い訳しても三国志以前に赤兎馬が天界にいたことになります。おかしいやないかっ!
 しかし、このくらいの矛盾にタジタジとなってしまうようなヘナチョコ西遊記研究家はどこにもいません。これはですね、玉帝(天帝とも玉皇上帝とも呼ばれる天界のボス)が三国志の為に、天界から赤兎を派遣されたんです。
 あと、かりゅうという馬の名前も見えます。これは「馬にまつわる故事成語(一)」で触れた周の穆王の八駿のうちの一頭です。「かりゅう」の他にも「穆王の八駿」の名前が挙がっていますが、面白いことに、ここ天界の厩には「穆王の八駿」が九頭います。
 西遊記研究家は、いったいどういう説明をするのでしょう。
 「何故、八駿が九頭いるか?これのどこが不思議なんですか。まさか巨人軍にはメンバーが9人しかいない思っている人はいないでしょう。交代人員のいないサッカーチームなんてありませんよね。八駿とは「スタメン」のことなんですよ。穆王はたくさんの名馬を持っていたけれど、出かける時は八頭だったのです。そういうことです。」
 見事な言い逃れですね。この部分、西遊記の回数でいうと第4回にあたりますが、ここに四十頭近くの馬の名前が挙がっています。すぐにここを思いついたあなた、「西遊記」初段の免状差し上げます。
 話を三蔵の白馬に戻します。皇帝から賜った最初の馬は、旅行に出てすぐに食べられてしまいます。誰に食べられたかというと、2代目白馬にです。この白馬、元は西海竜王の三太子で名前を「玉竜」といいます。ここでいう三太子の「三」は第3子という意味で、前回出てきた「王十二」の「十二」とは使い方が異なっています。そもそも、この玉竜、死罪になるところを観音菩薩に助けられ、三蔵の馬になれとの言いつけをまもり、三蔵一行を待っていたのですが、ひもじさのあまり、三蔵の馬を襲って食べてしまったのでした。
 さて、西遊記には竜がたくさん出てきます。この西海竜王三太子のほか、太子の摩昴も出てきますが、多くは竜王で、東海竜王、南海竜王、西海竜王、北海竜王、河の竜王、洪江の竜王、烏鶏国の竜王、万聖竜王などが登場します。そのほか黒水河のだ竜、二十八宿の亢金竜というのも出てきます。
 閑話休題。
 「竜にまつわる故事成語」でしたね。西遊記となると、どうも歯止めが利かなくなって困ります。強引に軌道修正しないと、「た〜き〜いちぢく、西遊記を語る」のコーナーになってしまいます。うう、いっそ、そうしようかなあ(けっこう、本気だったりして・・・)。
 さて、竜にまつわる故事成語、意外なことに、馬に比べると、かなり少ないのです。調べればたくさんあるのでしょうが、ぱっと思いつく成語は本当に三〜四個です。
1.逆鱗
2.竜頭蛇尾
3.画竜点睛
4.亢竜悔いあり
 どれも有名すぎて、いまさら出典の話をしても、という気がしますが、まあ、おさらいということで、お付き合いください。
 まず、「逆鱗」です。これは韓非子の「説難篇」に出てくる言葉です。韓非という人は、戦国末期の人で、正確な生年は不明ですが、BC280年頃生まれたとするのが有力なようです。亡くなったのはBC233年です。彼の師は荀子で、「性悪説」を唱えたことで有名な思想家です。性悪説を大雑把に説明すると「人間の性は本来、悪であり、礼によってこれを善へ導く」ということですが、韓非子は師の説の「礼」というところを「法」に置き換えました。一般に、法によって国や人を治める思想家を法家といいます。韓非子以前にも、商鞅、李かい、申不害といった法家がいます。
 荀子の元で韓非子と一緒に学んだ人間に「馬鹿」の項に登場した李斯がいます。机を並べていた頃から李斯は韓非子の才を認めていました。しかし宰相という地位にあった李斯はその才によって自分の地位を脅かされるのを怖れ、結局、韓非子を死に追いやってしまいます。
 さて、書物「韓非子」を調べてみると、この時代の多くの書物がそうであるように、すべてが韓非子によって書かれたものではないようです。弟子や、後の人々が書き足しています。しかもあたかも本人(ここでは韓非子)が書いたかのように装うので注意が必要ですが、幸いなことに、逆鱗の出典となる「説難篇」は自署のようです。
 「説難」とは「君主に自分の説を説く難しさ」という意味です。その篇の一番最後に
 「そもそも竜は従順な動物で、馴らせば背中に乗ることもできる。しかし、のど元に大きさ一尺ほどの逆さ鱗があり、もしこれに触ると竜は怒って必ずその人を殺してしまう。君主にも逆鱗があり、もし、これに触れないように説くことができれば、用いられるだろう。」
 とあります。このように逆鱗とは君主にあるものであり、「妻の逆鱗に触れる」と言えば、その家の君主は妻であることを意味します。
 インドの竜王ナーガにも逆鱗があります。こちらは背中にあって、そこに砂や石ころが入ると激痛を感じるのだそうです。
 
 次は、「竜頭蛇尾」です。この言葉は『碧巌録(へきがんろく)』という書物に出てきます。『碧巌録』は、宋のときに編まれた禅の教本です。そもそも中国に禅宗をもたらしたのは達磨大師で南北朝の時のことです。その後、唐の時代に非常に盛んになり、禅僧たちは出会うなり、処構わず問答を始めました。
僧A:「めっきりさぶなってきて、小便も近くなるなあ。どれ、ちょっくら、厠へ行こか。」
(僧A、厠に行く。厠に僧Bがいる。)
僧B:「やあ、僧Aさん、こんにちわ」
僧A:「おお、僧Bさん。寒いでんな」
僧B:「パンダは何食べてんだろうね」
僧A:「うっ、か、喝!」
僧B:「ぶ、ぶ〜。答えはパンだ。」

 まったく、厠に行くのにも気が抜けませんでしたが、このように問答をすることによってお互い修練を重ねていきました。もっとも、このような問答ではなかったような気もしますが・・・
 時が経ち、宋の時代になると禅宗は爛熟期に入るとともに、形式的にもなり、以前の様な活発さが無くなってきました。そこで雪竇(せっちょう)禅師という人が、かつての活気を取り戻そうと、先達の行状、問答を100集め、それに自身の見解をつけ『雪竇頌古』というものを著しました。その後50年位して、圜悟克勤(えんごこくごん)禅師という人が、弟子を教えるのに『雪竇頌古』を使いました。そして『雪竇頌古』に圜悟禅師の解説や批評などを付け加え、本にしたのが『碧巌録』という書物なのです。
 その『碧巌録』に載っている「竜頭蛇尾」の話とは次のようなものです。
 宋代に陳尊者という禅僧がいました。あるとき、一人の僧に出会い、禅問答をしてみようと思いました。
 「近離いずれの処ぞ?(どこから来たのか)」
 「喝!」
 禅家はこの「喝」という言葉に、いろいろな意味を持たせます。それが回答になっている場合もあれば、そうでない時もあります。陳尊者は再び問いかけようとしましたが、その僧は、間髪いれず一喝しました。その応答のあざやかさには只者ではないと思わせるものがありました。しかし、陳尊者は見抜いていました。
 「三喝、四喝の後、そもさん(何度も喝を繰り返すが、その後どうするつもりかね)?」
 このように見破られた件の僧はついに降参してしまいました。最初の喝は「竜頭」であり、降参したあたりは「蛇尾」です。『碧巌録』は 陳尊者がこの僧の正体を見破った話を紹介して、「竜頭蛇尾」と評しています。
 これが「竜頭蛇尾」にまつわる話です。
 話は変わりますが、私はこれを見るたびに「竜頭蛇尾」を思い出してしまいます。これってほんと、この故事を視覚的に納得させる最高の見本だと思います(本人には悪いと思うのですが)。

 長くなってきたので、今回はここまでにします。次回は「竜にまつわる成語(二)」の予定です。
 

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