大地の歌にまつわる7つの唐詩(二)

第25回  大地の歌にまつわる7つの唐詩(二)

 なにしろ6月定期が始まる前にアップし終わらないと、冷めたピザ、証文の出し遅れ、後の祭りみたいになってしまいますからね。短期集中連載です、この「大地の歌にまつわる7つの唐詩」は。
 さらにもう一つ、いつものようにメインテーマの周辺半径250kmくらいのところをぺっちゃらくっちゃらとほっつき歩いていたのでは、とても定期には間に合わないことに気が付きました。それで今回はいきなり核心に迫ります(いつかもそんな誓いをたてたなあ・・・)。
 前回は第1楽章の「悲歌行」について調べました。今日は第2楽章、銭起の詩「效古秋夜長」から始めます。大地の歌の原テキストとなった詩の中で、探し出すのに一番苦労したのがこの詩です。苦労した末に見つけ出したのが田部井文雄という方が編集した「銭起詩索引」という本、索引?と思いながらも他に適当な本もなくとりあえず借りてみたところ、なんと銭起の詩で使われているすべての漢字を調べ上げ、それがどの詩で使われているかという索引をつけた、とてつもなく根気の要る作業の末に出来上がった本でした。幸いなことにその本には「銭考功集」という銭起の詩を網羅した詩集が付いていて、捜し求めていたこの詩もそこにありました。ところが、喜んだのも束の間、そこに見出したのは以下の様なものだったのです。
效古秋夜長
秋漢飛玉霜北風掃荷香含情紡織孤燈盡
拭涙相思寒漏長簷前碧雲静如水月弔栖
烏啼鳥起誰家少婦事鴛機錦幕雲屏深掩
扉白玉窓中聞落葉應憐寒女獨無衣
 なんと句で改行していないのです。17字で改行していますが、それはこの本が二段組で、一行17文字しか入らないからです。全部で66文字ありますが、この数字は7でも5でも4でも割り切れません。もし、割り切れたら(五言なんとかとか七言なんたらとかを期待してた)、とりあえずそこで区切ってみようと思ったのですが、その夢も脆くも崩れ去り・・・・
 こういうときの私の取るべき態度は一つしかありません。そうです、あの先生にお伺いを立てることです。あの先生とは、そう、この先生です。
 お伺いを立てて待つことわずか数時間、まさに神速のお返事でした。以下にその該当箇所を掲げます。

秋漢飛玉霜、(秋漢 玉霜を飛ばし)
北風掃荷香。(北風 荷香を掃ふ)
含情紡織孤燈盡、(情を含みて紡織すれば孤燈盡き)
拭涙相思寒漏長。(涙を拭ひて相思へば寒漏長し)
簷前碧雲静如水、(簷前の碧雲静かなること水の如く)
月弔栖烏啼鳥起。(月は栖烏を弔み啼鳥に起く)
誰家少婦事鴛機。(誰が家の少婦か鴛機を事とす)
錦幕雲屏深掩扉、(錦幕雲屏深く扉を掩ひ)
白玉窓中聞落葉。(白玉窓中落葉を聞く)
應憐寒女獨無衣。(應に憐むべし寒女獨り衣無きを)

秋漢(しゅうかん)・・秋の空、あるいは、秋の天
荷香(かこう)・・はすのかおり
紡織(ぼうしょく)・・織物をする
寒漏(かんろう)・・水時計
簷前(えんぜん)・・軒先
栖烏(せいう)・・ねぐらに返るカラス
啼鳥(ていちょう)・・鳥の鳴き声
鴛機(えんき)・・刺繍の道具
少婦(しょうふ)・・若い嫁
寒女(かんじょ)・・貧乏なむすめ
弔・・あわれむ

意味は、極めて難しいですが、
一言で言えば、「秋の夜は長く、色々な思いが錯綜している」
と言うような内容です。

 以上が黄虎洞先生から頂いたお答えです。ここには私の手は一切入っておりませんので安心してお読みください。
 参考までに、大地の歌の方のテキストを掲げておきます。日本語訳は載せない方針でしたが、それでは比較に煩わしいので、【ものすごい訳】をつけることにしました。これはいつぞや登場した(第21回)田秋氏が訳したもので、わ、わ、わたしはしらない!煩わしさ以上の弊害があっても当局は一切関知しません。
 なお、ウムラウト文字はそれぞれ、ae、ue、oeに置き換えました。また、エスツェットと呼ばれる、Bみたいな文字はssに置き換えました。
第2楽章
Der Einsame im Herbst(秋に消え逝く者)

Herbstnebel wallen blaeulich ueberm See,
Vom Reif bezogen stehen alle Graeser;
Man meint, ein Kuenstler habe Staub von Jade
Ueber die feinen Blueten ausgesteut.

Der suesse Duft der Blumen ist verflogen;
Ein kalter Wind beugt ihre Stengel nieder.
Bald werden die verwelkten, gold'nen Blaetter
Der Lotosblueten auf dem Wasser zieh'n.

Mein Herz ist muede. Meine kleine Lampe
Erlosch mit Knistern, es gemahnt mich an den Schlaf.
Ich komm' zu dir, traute Ruhestaette!
Ja, gib mir Ruh', ich hab' Erquickung not!

Ich weine viel in meinen Einsamkeiten.
Der Herbst in meinen Herzen waehrt zu lange.
Sonne der Liebe willst du nie mehr scheinen,
Um meine bittern Traenen mild aufzutrocknen?



   【ものすごい訳】
秋霞は湖面に立ち上り
草は霜に覆われている
それは名匠が美しい花の上に
ヒスイの粉を撒いたようだ

花の甘い香りは消え去り
冷たい風が茎を萎えさせ
ハスの花の金色の花びらは
やがて流れ去る

私の心は疲れ、私の小さな灯火は
消え、眠りにおちる
私は、憩いの場であるあなたのもとへ行こう
私に静寂と休息を与えておくれ、

私は孤独のうちにむせび泣き
私の心の秋はあまりにも長すぎる
愛の陽よ、おまえはもう輝かないのか
私の苦い涙を乾かしてはくれないのか

注:ここで「ヒスイ」としているのが中国でいう「玉」のことです。完璧とか双璧とか、下が土でなく玉であることを発見した時は、ひっくりかえりました。現在一般的にいう翡翠(ヒスイ)とは少し違うらしいですが、今日は核心から外れないので触れません!

 銭起:「私はこんな詩、書いた覚えはなあい!」



 それでは第3楽章の李白の「宴陶家亭子」に進みましょう。この詩も唐詩選や唐詩三百首に含まれていません。その他、岩波文庫の「中国名詩選」、「李白詩選」といったところにも取り上げられていません。ということはその道の通の間ではこの詩はメジャーではないのでしょう。そういう詩をどういう経緯で、エルヴェ・サン・ドニとか、ジュディト・ゴーティエとかいう人たち(大地の歌にまつわる7つの唐詩(一)を参照)が見つけ出し、どういう理由でピックアップしたのか、興味あるところではあります。
 私がどこでこの詩を見つけたかというとそれは神田の古本屋さんです。そこにかなり大き目の李白詩集(全3巻)があり、そこでこの詩を見つけました。ところが結構いい値段がついていました。そういう場合、どうするか?本の名前を覚え、国会図書館へ行くのです。あそこは館外への持ち出しはできませんが、どんな本でもありますから、そこで必要な部分をコピーすればいいわけです(著作権についてはなかなかうるさいのですが)。すべての本は、国会図書館へ納入することになっているのですが、本当にそうなのかなあ。例えば、ものすごお〜くいかがわしい本とかもあるのかしらん。一時はやったビニ本とか・・・。あ、そうだった。今日は核心から外れないのだった。

 それでは、まず、原詩と読み下し文です。

     宴陶家亭子    陶家の亭子に宴す

     曲巷幽人宅    曲巷幽人の宅
     高門大士家    高門大士の家
     池開照膽鏡    池は開く照膽の鏡
     林吐破顔花    林は吐く破顔の花
     緑水蔵春日    緑水、春日を蔵し
     青軒秘晩霞    青軒、晩霞を秘す
     若聞絃管妙    若し絃管の妙を聞かば
     金谷不能誇    金谷誇る能わず

注:陶氏が誰のことであるかは、全くわからないそうです。

 それではこれも田秋氏の【ものすごい訳】を載せておきます。
【ものすごい訳】
陶氏は浮世の外に住む心の涼しい人であり
熱心な仏教信者である
その家は曲巷とはいえ、高門を美しく構えている
庭に入ってみると池の水は古の照膽鏡のよう
林の中には花が咲き、その昔、迦葉(かしょう)が微笑んだかのようである
緑水には春の日影を映し
青く塗った軒の柱は夕霞を秘めている
この上、もし絃管の妙なる調べで興を添えたなら
かの金谷もこれには及ばない

曲巷:意味わからず。街中か?
照膽鏡:この鏡の話、どこかで読んだ記憶があるが、思い出せず
迦葉:お釈迦様の十大弟子の一人。お釈迦様の謎かけを迦葉だけがわかり、にっこり笑った。西遊記にも出演し、三蔵一行にお土産を迫る。
金谷:晋の石崇という人が作った豪華な庭園(かそのようなもの)

 次に大地の歌のテキストと【ものすごい訳】です。
第3楽章
Von der Jugend(青春について)

Mitten in dem kleinen Teiche
Steht ein Pavillon aus gruenem
Und aus weissem Porzellan.

Wie der Ruecken eines Tigers
Woelbt die Bruecke sich aus Jade
Zu dem Pavillon hinueder.

In dem Haeuschen sitzen Freunde,
Schoen gekleidet, trinken, plaudern,
Manche schreiben Verse nieder.

Ihre seidnen Aermel gleiten
Rueckwaerts, ihre seidnen Muetzen
Hocken lustig tief im Nacken.

Auf des kleinen Teiches stiller
Wasserflaeche zeigt sich alles
Wunderlich im spiegelbilde.
Alles auf dem Kopfe stehend
In dem Pavillon aus gruenem
Und aus weissem Porzellan;

Wie ein Halbmond steht die Bruecke,
Umgekehrt der Bogen. Freunde,
Schoen gekleidet, trinken, plaudern.

【ものすごい訳】

小さな池の中程に
緑と白の陶土で出来たパビリオンがたっていた


虎の背のような形をした(アーチ型)の
ヒスイでできた橋がパビリオンへ架かっている


その東屋に友達が座っている
美しい衣装を羽織り、飲み、語り
また、詩を書く

絹の袖は後ろへ滑り(なんのこっちゃ?)
絹の頭巾はうなじに楽しげにうずくまっている(???)


この小さな池の水面に
すべてのものが鏡のように
さかさまに映っている
緑と白でできた東屋すべてのものが
逆立ちしている


橋はまるで半月のよう
水面に映った橋も逆さま
友は着飾り、飲み、語る

注:Porzellanを陶土と訳したが、辞書には、磁器、陶磁器製品とある。ひょっとして、マーラーは焼き物で出来た建物をイメージしたか・・・?



李白:「アウトーッ!」

 

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