大地の歌にまつわる7つの唐詩(三)

第26回  大地の歌にまつわる7つの唐詩(三)


 前回、2楽章と3楽章の詩について調べました。銭起も李白も自分の詩だとは認めたくないようでしたが、皆さんはどう思いましたか。前回は徘徊することもなく概ね順調に進めることができました。今回もこの調子で、調べていきたいと思います。
 まずは4楽章です。4楽章の元になった詩は李白の「採蓮曲」という詩で、手に入りやすいところでは岩波文庫「李白詩選」に収録されています。唐詩選、唐詩三百首には収録されていませんが、全唐詩には収録されています。ちなみに大地の歌のテキストの元となった7つの詩はすべて全唐詩に収録されています。今日それが確認できました。インターネットの威力です。興味ある方はこちらを覗いてみてください。中国語のサイトなので、エンコードの操作が必要ですが・・・
 全唐詩に大地の歌の原詩がすべて含まれているという事実は、一つの可能性を示唆しています。エルヴェ・サン・ドニとか、ジュディト・ゴーティエとかいう人たちは全唐詩を見たのではないかということです。全唐詩は、康熙帝の命により、1706年に完成しました。全900巻、登場する詩人は約2200人、収録された詩の数はなんと約48900首だそうです。年代的には彼らがこの詩集を手に入れた可能性はありますが、収録された詩の数を見ると、ちょっと気絶したくなります。この膨大な中から、どのような基準で、これらの詩を選択したかを考えると、この仮定はあまりあり得えそうもありません。それにどこから探し出してきたとしてもそれが唐詩なら、全唐詩にはほとんどすべての唐詩が収録されてしているわけですから、まあ、一つの可能性として頭のどこかに置いておくにとどめます。どなたか、この辺りの事情を知っている方がいらっしゃればご教授ください。
 ではまず、採蓮曲とその読み下し文を書いてみます。
  採蓮曲
若耶渓傍採蓮女
笑隔荷花共人語
日照新粧水底明
風飄香袖空中挙
岸上誰家遊冶郎
三三五五映垂楊
紫[りゅう]嘶入落花去 /漢注1
見此踟[ちゅ]空断腸  /漢注2

  若耶渓の傍(ほとり) 採蓮の女
  笑って荷花を隔てて 人と共に語る
  日は新粧を照らして 水底に明らかに
  風は香袖を飄(ひるがえ)して 空中に挙がる
  岸上 誰が家の遊冶郎(ゆうやろう)
  三三 五五 垂楊に映ず
  紫りゅう 落花に嘶(いなな)き入りて去るも
  此を見て踟(ち)ちゅし 空しく断腸

漢注1:馬+留(りゅう)
漢注2:足+厨(ちゅ)
注:
採蓮曲:梁の武帝に始まり、多く男女相思が歌われる。蓮は憐(恋人)と同音。蓮は実と茎を食用にするので、もとは労働歌か?それが舟遊びの際、蓮の花を採るというふうに変化していった。梁の武帝については「ちゅうごくちゅうどく」第16回も参照。
若耶渓(じゃくやけい):会稽(今の紹興県)辺りの川の名前。北流して鏡湖に注ぐ(但し唐代)。昔、西施がここで蓮を採ったと言われる。西施は越王勾践が呉王夫差に献上した美女で、夫差はそのため骨抜きとなってしまった。
荷花:ハスの花
遊冶郎:道楽者。「治」ではあっりません。
三三五五:中国では、4、5人とは言わずに、3、5人というらしい。
紫りゅう:「りゅう」は全身が赤く、鬣が黒い馬。紫はここでは濃い赤茶色のこと。
踟ちゅ:行きつ戻りつ。
断腸:世説新語「黜免篇第二十八」を出典とする。桓温が蜀を攻めようとして三峡にさしかかった際、部隊の兵士が小猿を捕まえた。母猿は悲しい声をあげ、百里あまりも岸づたいに追いかけ、ついに船に飛び込みそのまま息絶えた。腹をさいて調べてみると腸はすっかりずたずたにちぎれていた、という故事に基づく。

 それでは本日も田秋氏に【ものすごい訳】をしていただきましょう。わ、わ、わたしはしらない!
若耶渓で蓮(の実)を採っている女たちは
笑いさざめき、蓮の花ごしに語り合っている
晴れているので、新しい衣装が水にくっきり映っている。
風が吹いたりするとその袖がひるがえり、空に舞い上がってみえる。
岸にはどこかの遊び人たちが
4、5人、しだれ柳の葉陰におり、
立派な馬に乗って花吹雪のなかに入っていったが
優雅な女から離れがたく、行きつ戻りつしている。

注:最後の句、「行きつ戻りつ」しているのは女たちという解釈も成り立つらしい。私の感触では、蓮の実をとっている者よりも馬に乗っている者の方が、「行きつ戻りつ」しやすいのではないかという気がする。

 それでは、大地の歌のテキストを見てみましょう。田秋さん、お願いします。
第4楽章
Von der Schönenheit
Junge Mädchen pflücken Blumen,
Pflücken Lotosblumen an dem Uferrande.
Zwischen Büschen und Blättern sitzen sie,
Sammeln Blüten in den Schoß und rufen
Sich einander Neckereien zu.

Gold'ne Sonne webt um die Gestalten
Spiegelt sie im blanken Wasser wider,
Sonne spiegelt ihre schlanken Glieder,
Ihre süßen Augen wider.
Und der Zephir hebt mit Schmeichelkosen das Gewebe
Ihrer Ärmel auf, führt den Zauber
Ihrer Wohlgerüche durch die Luft.

O sieh, was tummeln sich für schöne Knaben
Dort an dem Uferrand auf mut'gen Rossen,
Weithin glänzend wie die Sonnenstrahlen;
Schon zwischen dem Geäst der grünen Weiden
Trabt das jungfrische Volk einher!
Das Roß des einen wiehert fröhlich auf,
Und scheut, und saust dahin,
Über Blumen, Gräser wanken hin die Hufe,
Sie zerstampfen jäh im Sturm die hingesunk'nen Blüten,
Hei! Wie flattern im Taumel seine Mähnen,
Dampfen heiß die Nüstern!

Gold'ne Sonne webt um die Gestalten,
Spiegelt sie im blanken Wasser wider.
Und die schönste von den Jungfrau'n sendet
Lange Blicke ihm der Sehnsucht nach.
Ihre stolze Haltung ist nur Verstellung.
In dem Funkeln ihrer großen Augen,
In dem Dunkel ihres heißen Blicks
Schwingt klagend noch die Erregung ihres Herzens nach.

  【ものすごい訳】
乙女が花を摘んでいる
岸辺で蓮の花を摘んでいる
茂みと葉の間に座り
膝に花を集め
軽口をたたいて語り合っている

黄金色の日の光は彼女たちを包み
キラキラとした水面に映し出している
陽は彼女たちのすらりとした肢体と
愛らしいまなこを写し
そよ風は媚びるように着物の袖を吹き上げ
魔法を使って
彼女たちの芳しい香りを漂わせる

おお、見よ。美しい少年が
凛々しい馬で岸辺をあちこち乗り回す
緑の柳の枝の間で
陽の光のように光り輝く若者たち
若き一団が悠然と駆ける
一頭の馬が陽気にいななき
おののき、走り去る(この辺、??)
蹄を草花の上に躍らせ
舞い落ちた花を嵐のように踏みつける
鬣は喜びにはためき
白い息を吐いている

金色の陽はキラキラした水面に
彼らの姿を映し出す
最も美しい若い乙女が
慕情の一瞥を彼に送る
彼女の気品ある身のこなしは
ただ、みせかけ。つぶらな目の輝き、
熱いまなざしの暗闇の中に
彼女の心は高鳴り、(恋の)嘆きに揺れている

田秋氏:「かなり自信のないところがあります。必ず、信用のおける訳をみておいてください。」
最後の句、マーラーのテキストでは、恋心を抱いているのは女の方という解釈をとっています。
 李白:「っま、いいか・・・」



 それでは、第5楽章に進みたいと思います。この原詩は李白の「春日醉起言志」です。「採蓮曲」と同じく、岩波文庫の「李白詩選」に収録されています。まず、春日醉起言志とその読み下し文を書いてみましょう。
春日醉起言志

處世若大夢
胡爲勞其生
所以終日醉
頽然臥前楹
覺来眄庭前
一鳥花間鳴
借問此何時
春風語流鶯
感之欲歎息
對酒還自傾
浩歌待明月
曲盡已忘情
  春の日に酔いより起きて志を言う

  世に処(お)るは大夢の若し
  胡為(なんす)れぞ 其の生を労する
  所以(ゆえ)に終日酔い
  頽然(たいぜん)として前楹(ぜんえい)に臥す
  覚め来(きた)って庭前を眄(なが)むれば
  一鳥 花間に鳴く
  借問す 此れ何(いず)れの時ぞ
  春風 流鶯(りゅうおう)に語る
  之に感じて嘆息せんと欲す
  酒に対して還(ま)た自ら傾く
  浩歌して明月を待ち
  曲尽きて已(すで)に情を忘る

 次は、田秋氏の【ものすごい訳】です。
この世に生きているということは言ってみれば夢のようなものだ
なにもあくせく苦労することもない。
だから、一日中飲み続け
終には柱の傍に酔いつぶれてしまうのだ。
目が覚め庭先を見てみると
小鳥が一羽、花の間で鳴いている。
今は、どんな季節かと尋ねてみると
春風が鶯と語るとき〜春真っ盛り〜
これに感動して溜息が出そうになったが
(飲ん兵衛の悲しさ、)酒を見るとまた飲んじまった。
明月が出るのを大声で歌いながら待っていたけれど
一曲歌い終わると何もかも忘れてしまいまいした。

田秋さん、ありがとうございました。この詩について、なにかコメントはおありですか。
田秋:「この詩の第一句は強烈ですね。處世若大夢、この世は大夢の如し。これは荘子・内篇・斉物論篇の最後に出てくる、「昔、荘周は夢に胡蝶と為る」以下を連想させます。夢の中では蝶になりきっていたが、目が覚めてみると荘周そのものであった。はて、荘周が夢を見ていたのか、蝶が夢を見ているのか・・・このようにして荘子は絶対無差別の立場を説いていきます。この壮大な荘子の思想をこの第一句は思い起こさせます。しかし、その直後、李白は面目躍如させます。
『だから、あくせく働くことなどしないで飲んでるんだもんね。』
そのあと酔いつぶれ、ふと気づくと、春は真っ盛り、そのすばらしさに感動するも、目の前に酒があるとまた飲んじゃう。明月でも見てみようと飲みながら歌を歌っていたけれど、一曲歌ったら、何もかも全部忘れちゃった、という、まあ、いわば、アル中オヤジの詩ですね。」
ありがとうございました。それでは大地の歌のテキストの方を見て見ましょう。それでは田秋さん、引き続き【ものすごい訳】をお願いします。わ、わ、わたしはしらない!

第5楽章 Der Trunkene im Früling
   ≪ 春に酔える者 ≫
Wenn nur ein Traum das Leben ist,
Warum denn Muh' und Plag'!?
Ich trinke, bis ich nicht mehr kann,
Den ganzen, lieben Tag!

Und wenn ich nicht mehr trinken kann,
Weil Kehl' und Seele voll,
So tauml' ich bis zu meiner Tür
Und schlafe wundervoll!

Was hör' ich beim Erwachen? Horch!
Ein Vogel singt im Baum.
Ich frag' ihn, ob schon Frühling sei.
Mir ist als wie im Traum.

Der Vogel zwitschert: Ja! Der Lenz
Ist da, sei kommen uber Nacht!る
Aus tiefstem Schauen lauscht' ich auf,
Der Vogel singt und lacht!

Ich fulle mir den Becher neu
Und leer' ihn bis zun Grund
Und singe, bis der Mond erglaenzt
Am schwarzen Firmament!

Und wenn ich nicht mehr singen kann.
So schlaf' ich wieder ein.
Was geht mich denn der Frühling an!?
Lasst mich betrunken sein!
     【ものすごい訳】

  もし生きることが、ただの夢だとしたら
  どうして辛いことなんかをするの?
  飲めなくなるまで飲んじゃうもんね
  それこそ愛しい一日!

  飲めなくなるまで飲んだら
  喉も心も満たされ
  戸口までよろめいて行って
  幸せ一杯になって寝ちゃうもんね

  目覚めたら何か聞こえる。なんだろう?
  小鳥が木のところで鳴いている
  鳥にもう春なの?って聞いたけど
  私はどうも夢の中のよう・・・

  小鳥は「そのとおり。
  春は一晩でやってきた」とさえずる
  深い感嘆の中で
  鳥の歌声と笑い声に耳を澄ます

  杯を新たに満たし
  そして飲み干し
  暗い夜空に
  お月さんが出るまで歌っちゃおう

  もう歌えなくなったら
  また寝ちゃうぞ
  春なんて関係ないもんね
  ほっといてよ!好きなだけ飲むんだから!

田秋氏:「やはり、飲ん兵衛の歌だと思います。」
 
 李白:「オレのことなんだよ、これ・・・。宮廷にお仕えしても、やっぱりこれだけはやめられないやね!それをさ、高力士のアホがさ、オレのこと、殿様に悪くいいやがってさ。・・・ふん、楊貴妃殺しの宦官のくせに・・・」


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