蛇にまつわる故事成語(四)

第48回  蛇にまつわる故事成語(四)

 反省した効果は絶大ですな。もう次のが出来てしまいましたぞ。
 本日のお題は「杯中の蛇影(はいちゅうのじゃえい)」です。「なんでもないことに神経を悩ます」という意味で、普書と風俗通儀を出典としています。風俗通儀は略して風俗通とも言われますが、日本でよく使われているいわゆる「フーゾク」とは全然関係ありません。時代的には普書が三国志の後の晋、風俗通儀は三国志の前の後漢の書なので、ちゅうごくちゅうどくでは風俗通儀を出典とします。普書、風俗通儀の話の骨組は殆ど同じで、登場人物の名前が違うだけです。ま、換骨奪胎と言ったところです。換骨奪胎には「真似しぃ」みたいなマイナスのイメージがあるのかと思っていたら、そうでもないようで、「先人の作品をもとにして、新たに独自のものを作ること」というプラスのイメージが元々なのだそうです。
 風俗通儀は後漢の応劭(おうしょう)の撰で、彼のお爺さんのときの話として載っています。
 応劭の祖父の郴(ちん)さんのところへ杜宣(とせん)という人がやってきました。位は応劭のお爺さんの方が上で、杜宣さんがご機嫌伺いに来たのでしょう。で、郴さんは酒を振舞いました。杜宣は酒を飲もうとしてふと杯を見ると、なんと杯の中に蛇がいるのです。杜宣は気味悪く思いましたが、上司から注がれたお酒なので無理に飲み干しました。しかし、家に帰った後、病気になってしまいました。それを聞いた郴さん、杜宣の家へ御見舞に行って、一体どうしたのかと尋ねたところ、杜宣は
「実はかくかくしかじかでございます」
と答えました。不思議なこともあるものだと、郴さんは家に戻り杜宣に酒を振舞った部屋に行ってみました。そうすると北の壁に赤い弩(いしゆみ)が掛けてあります。
「きっとこれに違いない・・・」
そう確信した郴さんは杜宣を家に招き、同じ場所に座らせ、同じように酒を注ぎました。
「どうだ、まだ、蛇はいるかね」
「はい、前と同じように杯の中に蛇がいます」
「それはね、ほら、あそこに掛かっている弩が映っているんだよ。杯の中に蛇がいるわけじゃない。」
 そう言われ、ふと見上げるとなるほど壁に赤い弩が掛かっています。
 てっきり蛇を呑ん込んでしまったと信じて疑わなかった杜宣は、原因がわかって病気も一遍に治ってしまいました。
 これが話の内容です。余談ですが、「北の壁に掛かっていた弩の影が映る」、このことから杜宣は北向きに座っていたことがわかります。従って杜宣と対面して座っていた郴さんは南を向いていたことになり、郴さんの方が、位が高かったことを示しています。
 一方、普書ではどうなっているのか簡単に見ておきましょう。先に述べたように殆ど同じですが、登場人物が、郴さんから楽広という人にに、杜宣が「嘗て来た客」となっています。話は楽広がその友人に「最近来ないがどうしたのか」と尋ねるところから始まりますが、その後は殆ど同じです。違うのは風俗通儀では赤い弩自体が映っていたとするところを、晋書では、弓に描かれた蛇が映っていた、となっているところぐらいです。
 

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